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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)638号 判決

判   決

東京都中央区銀座七丁目三番地

原告

朝日石綿工業株式会社

右代表者代表取締役

近藤進一郎

右訴訟代理人弁護士

梶谷丈夫

磯辺和男

板井一瓏

大阪市北区堂島北町二十番地

被告

神島化学工業株式会社

右代表者代表取締役

植村成

右訴訟代理人弁護士

石川秀敏

阿部甚吉

右当事者間の昭和三七年(ワ)第六三八号特許権侵害行為禁止等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一、被告は業として、別紙第一目録記載の方法により珪酸カルシウム保温材を生産し、または、右方法により生産した保温材(商品名ダイヤライトシリカ)を譲渡してはならない。

二、被告は、香川県三豊郡詫間町香田三十番地所在の被告詫間工場にある被告所有の前項の保温材を廃棄せよ。

三、被告は、別紙第二目録記載の反応罐を除却せよ。

四、被告は、原告に対し、金九百七十九万五千五百九十七円六銭及びこれに対する昭和三十七年二月六日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五、原告のその余の請求は、棄却する。

六、訴訟費用は、これを六分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

七、この判決は、第四項に限り、原告において金九十万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

(当事者の求めた裁判)

原告訴訟代理人は、主文第一項から第三項同旨及び「被告は、原告に対し、金千三百三十九万八千五百十円及びこれに対する昭和三十七年二月六日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

(請求の原因)

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告の特許権

原告は、次の特許権の権利者である。

特許番号 第二一九、四五三号

名  称 軽量保温材並耐火壁材の製造法

特許出願 昭和二十七年六月十日

出願公告 昭和三十年六月十四日

登  録 昭和三十一年一月三十一日

二、特許請求の範囲

本件特許権の特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載は、別紙第三目録の該当欄記載のとおりである。

三、本件特許発明の要部及び作用効果

(一)  本件特許発明の要部

本件特許発明の製造法は、

(1) 原料として、珪藻土、消石灰、及び石綿繊維を使用すること。

(2) 右原料を水中で煮沸混合して珪酸と石灰とを反応させ、珪酸カルシウムの第一次反応物を造ること。

(3) 右反応物を濾過脱水して成型すること。

(4) 成型物を加圧水蒸気中で加熱硬化反応させて珪酸カルシウムの第二次反応物を造つた後、乾燥して製品とすること、であり、その要部は右(2)の第一次反応を生起させることにある。

(二)  本件特許発明の作用効果

本件特許発明の作用効果は、前記(2)の工程において生成した珪酸カシウムが水と作用して凝膠体を形成し、その結果、全体が膨潤して嵩の大きいものとなること、(3)及び(4)の工程により、凝膠状の珪酸カルシウムは、結晶化して珪酸カルシウム結晶となつて強度が増大し、さらに、第二次反応物を完全に乾燥して含有水分を蒸発させることにより多孔性の製品が得られ、見かけ比重及び熱伝導率が小さく、保温材として理想的な製品となること、並びに、原料として添加される石綿繊維が珪酸カルシウム結晶間の連結の役をし、製品の屈曲強度の増大に役立つことである。

四、被告の珪酸カルシウム保温材の製造法

被告の珪酸カルシウム保温材の製造法は、別紙第一目録記載のとおりである。

五、本件特許発明の製造法と被告の製造法との比較

被告の製造法と本件特許発明の製造法とを比較すると、次のとおりである。

(白土の使用について)

(一)  被告の製造法は、珪酸原料として、珪藻土の他に白土を使用している点において、本件特許発明の製造法と異なるが、珪藻土と白土とは、その化学的分析による成分組成において珪酸を主成分とする同一又は類似の化学物質として、学問的にも、化学工業的にも、同一視されているから、珪酸原料として珪藻土だけを使用する場合と、珪藻土に白土を加えて使用する場合とでは、その製造法として何らの差異はない。

珪藻土と白土とがその生成過程を異にすることは、被告の主張するとおりであるが、被告の製造法における珪藻土及び白土は、これをいずれも珪酸原料として使用し、これとアルカリ原料としての石灰とを水中で反応させて珪酸カルシウムを生成させるものであるから、その化学的成分のみが重要であり、白土の鉱物的生成過程は問題とならない。なお、従来は、珪藻土がそのままでも保温材として使用に供されたが、これは、珪藻土に特異の物質である珪藻殻の存在を物理的に利用したものであり、その化学的成分を化学的に利用したものではない。

(アルカリ原料について)

(二) 被告の製造法は、アルカリ原料として生石灰を使用しているに対し、本件特許発明の製造法は、消石灰を使用しているが、生石灰に水を加えると消石灰となり、さらに多量の水を加えると消石灰の乳濁液、すなわち、石灰乳となることは周知のことであり、アルカリ原料として、両者は、全く同一物である。

(原料の混合調整について)

(三) 被告の製造法においては、珪酸及びアルカリの両原料とも予め、水を加えて乳濁液とし、これを第一反応釜に入れているに対し、本件特許発明の製造法においては、これらの原料を水中で煮沸混合するものである点において、両者は相違するが、本件特許発明の製造法においても、混合原料を粉末として反応槽に入れたのち、水を加えるのであるから、加熱反応前の反応槽内の原料は、珪酸原料の乳濁液と石灰乳の混合状態となるのであり、両者は、原料調整そのものに何らの差異はない。

(第一次反応の温度について)

(四) 被告の製造法においては、第一反応釜内において、原料を摂氏百四十三度から百六十九度の温度に保つて、第一次反応を行なわせるものであるに対し、本件特許発明の製造法においては、原料を水中で煮沸混合させるものであるとする点において、両者は異なるが、本件特許発明の製造法においても、第一次反応は、原料を水で混合してこれを加熱することにより行なわれるものであり、しかも、その反応温度については何らの限定もなく、要は、第一次反応により珪酸カルシウムの第一次反応を生ぜしめることに本件特許発明の製造法の特徴があるのであるから、被告の製造法が、加圧することにより第一次の反応速度を促進することがあるとしても、結局は、珪酸カルシウムの第一次反応を行なわせることに帰着し、両者は、全く同一の化学反応を利用しているものに他ならない。

このように、本件特許発明の製造法における第一次反応が常圧下で行なわれようと、加圧下で行なわれようと、反応温度の上昇と原料の攪拌とにより反応を促進させることを目的とするものであるに対し、第二次反応において生成物を硬化反応させるためには、高圧蒸気の使用が必須の要件であるため、これを区別する意味において、本件特許発明の明細書中「発明の詳細なる説明」の欄においては、第二次反応については、高圧蒸気中で加熱硬化反応させることとし、第一次反応については、単に原料を水中で煮沸するとして温度及び圧力を限定しなかつたにすぎない。しかも、煮沸とは、物を煮るということであり、ある状態における現象をとらえて与えられる表現であり、必ずしも常圧下における沸騰を意味するものではない。

なお、本件特許発明の製造法においては、被告主張のように、必然的に良質の珪藻土でなければ、これを原料として使用できないというものではない。

(石綿繊維混入の時期について)

(五) 被告の製造法においては、石綿繊維を第一次反応後に添加しているに対し、本件特許発明の製造法においては、当初から石綿繊維を珪藻土及び石灰とともに煮沸する点において、両者は異なるが、石綿繊維は珪酸カルシウム結晶間の結合繊維として使用され、製品の屈曲強度を保持させるものであるから、成型前にこれを添加すれば足り、それ以上に、その添加時期により製造上及び製品の品質上の効果に差異はなく、両者は、いずれも石綿繊維を原料の一として使用するものであり、しかも、これを使用する方法及び目的において同一である。

なお、石綿繊維は、熱に対し安定した鉱物繊維であり、珪藻土及び石灰と煮沸しても、損傷するものではない。

(成形方法について)

(六) 本件特許発明の製造法における「濾過脱水し後成形する」とは、成形が完成するに至るまでの外観上の順序を表現したもの、すなわち、第一次反応の結果得られたものを成形して、第二次反応である加熱硬化反応に移行することである。圧縮成形法及び鋳型成形法は、ともに公知のことに属し、第一次反応後の生成物を型に入れて硬化するか、または、プレス成形して型から取り出し、成形物自体を硬化するかは、軽量保温材の製造法においては、重要な事項ではなく、成形方法自体は、本件特許発明の要件ではない。

(その他)

(七) 被告の製造法におけるその他の製造過程は、本件特許発明のそれと全く同一である。

(結論)

以上のとおり、被告の製造法は、本件特許発明のそれと同一の技術的思想に基づくもので、その技術、工程及び作用効果は、いずれの点からみても、本件特許発明の製造法と異なるものではなく、本件特許発明の技術的範囲に属するものである。

六、差止請求について。

被告は、業として、別紙第一目録記載の方法により珪酸カルシウム保温材を生産し、または、右方法により生産した保温材(商品名ダイヤライトシリカ)を他に譲渡し、かつ、香川県三豊郡詫間町香田三十番地の被告詫間工場に、右保温材を保有しているとともに、同工場に右保温材の生産に供した別紙第二目録記載の反応罐を所有占有しているが、被告の右生産及び譲渡の行為は、原告の本件特許権を侵害するものであるから、右侵害の停止、製品の廃棄並びに右設備の除却を求める。

七、損害賠償請求について。

被告は、別紙第一目録記載の方法による軽量保温材の生産等が、本件特許権を侵害するものであることを知り、又は知りえたにかかわらず、過失によりこれを知らないで、昭和三十六年一月一日から昭和三十七年一月三十一日までの間に、八十九万三千二百三十四キログラムの軽量保温材を生産、販売した。しかして、原告の生産、販売する軽量保温材の千キログラム当りの平均販売額は、金十二万五千円であり、その純利益額は、右販売価額の十二パーセントに当る金一万五千円であり、被告の右侵害行為がなかつたならば、原告は、被告が生産、販売したと同じ数量の保温材を右金額にて生産、販売することができたのであるから、原告は、被告の侵害行為により、金一千三百三十九万八千五百十円の損害を受けたものである。

仮に、右主張が理由がないとしても、原告は、被告の前記侵害行為により、金八百九十九万一千二百九十三円の損害を受けたものである。すなわち、被告が生産、販売した軽量保温材の千キログラム当りの平均販売価額は、金九万一千三百八十七円であり、その純利益額は、販売価額の十二パーセントであるから、被告は前記軽量保温材の生産、販売により、金八百九十九万一千二百九十三円の利益を受けたものであり、被告の受けた利益の額は、原告の受けた損害の額と推定される。

仮に、右主張が理由がないとしても、原告は、被告の前記侵害行為により、金七百十四万五千八百七十二円の損害を受けたものである。すなわち、本件特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、製品一キログラム当り金八円を相当とするから、被告の生産販売した八十九万三千二百三十四キログラムの製品に対する相当実施料額金七百十四万五千八百七十二円を原告が受けた損害の額としてその賠償を請求する。

よつて、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、前記損害金及びこれに対する不法行為の後である昭和三十七年二月六日から支払いずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(答弁)

被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

一、請求原因一及び二の事実は、いずれも認める。

二、同じく三の事実は、否認する。すなわち、原告主張の本件特許発明の製造法のうち、原料として、珪藻土、消石灰及び石綿繊維を使用すること、右原料を加圧加熱反応させて珪酸カルシウムを生成させること、右反応物を濾過脱水して成型すること及び成型物を加圧水蒸気中で加熱硬化反応させて珪酸カルシウムの第二次反応物を造つた後、乾燥して製品とすることは、いずれも公知の技術に属し、したがつて、本件特許発明の主要部は、原料を大気圧下の水の沸点、すなわち、摂氏百度以下の温度で煮沸混合する点にある。

三、同じく四の事実は、認める。

四、同じく五の事実中、被告の製造法と本件特許発明の製造法との間に、原告主張の(一)から(五)の相違点があることは認めるが、これらの相違点にかかわらず、被告の製造法が本件特許発明の製造法と技術的思想を同じくすること及びその余の事実はすべて否認する。すなわち、

(白土の使用について)

(一)  珪藻土は、それ自体空隙率の多い軽量の多孔性物質であり、本来断熱性がよく、何らの化学的操作を行なわなくてもそのまま軽量保温材として使用されるものである。本件特許発明の製造法においては、珪藻土が珪酸を主成分とする物質であるという理由から、その化学的成分のみに着眼したものではなく、珪藻土が多孔性物質であり、これと石灰とを反応させることにより、さらに空隙の多い物質とすることができるとともに、未反応のまま残存する珪藻土の断熱性能を利用する点に、本件特許発明の主眼点があり、珪酸カルシウムの生成よりは、珪藻土そのものの有効な利用に重きを置いたものというべく、したがつて、原料が珪藻土であること、しかも、それが良質なものであることを必須要件とするに対し、被告の製造法に用いる白土は、珪藻土とは、鉱物的に、その生成過程を全く異にし、そのままでは保温材とはなりえず、これに化学的操作を施して、始めて保温材としての効用を持ちうるものである。しかも、被告の製造法による製品は、珪酸カルシウムの含有率が約八十パーセントに達し、製品の断熱性も一段と勝れたものとなり、未反応のまま残存する珪酸質原料に依存することは僅少である。すなわち、原料として、従来、軽量保温材の製造に使用されなかつた劣等の珪藻土と白土とを使用して、その主成分である珪酸の物理的性質と化学的成分を利用した反応を行なうことにより、珪酸カルシウムとして空隙率の多い合成物を得て、保温断熱材として物理的利用る可能にしたものである。しかも、白土の使用により、製品の色調が白色となり、そのうえ、白土の入手は容易であるから、被告の製品は、原料コストも安価となる。

(アルカリ原料について)

(二) アルカリ原料として、本件特許発明の製造法において用いる消石灰は、取扱い上も衛生上も生石灰に劣り、化学的にも、又価額の点においても、消石灰と生石灰とは差異があるものである。

(第一次反応の温度について)

(三) 本件特許発明の製造法における「煮沸」とは、常圧下における沸騰をいうものである。このことは、本件特許発明の明細書中、「発明の詳細なる説明」の欄に「珪藻土、消石灰及び石綿繊維にその十倍の水を加えて摂氏百度に加熱しながら約一時間位混合する」旨の記載があり、第二次反応については、同欄に、「高圧蒸気中で反応硬化させる」旨の記載があり、第一次反応の温度と第二次反応のそれとにつき、これを区別して記載してあることからも明らかで、第一次反応は、大気圧下の水の沸点以下の温度における処理方法に制限されるものである。これに反し、被告の製造法においては、加圧下において、摂氏約百四十三度から百六十九度の温度で二時間から三時間連続攪拌するものであり、これがため、従来使用価値の乏しかつた粗悪な珪藻土のほか、白土をも原料として使用することができ、製品としても、白色で嵩比重が小さく、断熱性の良いものが得られる。本件特許発明の製造法においては、前記の理由により、必然的に良質な珪藻土でなければ、これを原料として使用することができない。

(石綿繊維混入の時期について)

(四) 本件特許発明の製造法においては、石綿繊維を製造工程の初めから混入するため、石綿繊維が損傷されるが、被告の製造法においては、第一次反応後に石綿繊維を混入し、その攪拌も五分前後に止めているので、石綿繊維が損傷すること少なく、製品としても、その取扱い又は装着に際しても、亀裂折損することがない。

(成形方法について)

(五) 本件特許発明の製造法における、「濾過脱水し後成形する。」とは、「発明の詳細なる説明」の欄に「加温反応させた混合物を型に注入し、これをそのまま高圧蒸気中で反応硬化させる。」旨記載されているように、原料を水中で煮沸混合したものを濾過脱水し、後成形し、型に入れたまま次の処理工程に移すものである。これに対し、被告の製造法においては、第一次反応の完了したものに石綿を混入し、これを濾過脱水の工程を経ることなく、プレス成形機で一挙に成形を完了し、次に、これをプレス成形機から取り出して加圧釜に入れるものであり、生産能率及び経済効率の点において、本件特許発明の製造法とは比較にならない。

しかも、本件特許発明の製造法においては、水中での煮沸混合の段階における反応率は極めて低く、第二次の硬化反応において、残余の大部分の反応が行なわれることになるので、珪酸カルシウムの結晶が不均一となり、硬化反応後の離型操作が困難となるに対し、被告の製造法におけるプレス方式では、製品の強度を調節することができ、均一性のある製品が得られる。

(結論)

以上のとおり、被告の製造法は、本件特許発明のそれとは技術的思想を異にし、本件特許発明の技術的範囲に属するものではない。

五、同じく六の事実中、被告が、業として、別紙第一目録記載の方法により珪酸カルシウム保温材を生産し、または、右方法により生産した保温材(商品名ダイヤライトシリカ)を譲渡していること、被告が原告主張の工場に右製品を所有していること、並びに、右保温材の生産に供した別紙第二目録記載の反応罐を同工場に所有、占有していることは、認める。

六、同じく七の事実中、被告が、昭和三十六年一月一日から昭和三十七年一月三十一日までの間に、八十九万三千二百三十四キログラムの軽量保温材を生産、販売したこと、及び、被告の販売した軽量保温材の千キログラム当りの平均販売価額が、金九万一千三百八十七円であることは、認めるが、その余の事実は、否認する。

(証拠関係)≪省略≫

理由

(争いのない事実)

一、原告がその主張の特許権の権利者であること、本件特許権の特許出願の願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載が、別紙第三目録の該当欄記載のとおりであること、被告の製造、販売する珪酸カルシウム保温材の製造法が、別紙第一目録記載のとおりであること、被告が、原告主張の工場に右製品を所有し、かつ、右保温材の製造に供した別紙第二目録記載の反応罐を右工場に所有、占有していること、被告が、昭和三六年一月一日から昭和三七年一月末日までの間に、右製造法を用いて八十九万三千二百三十四キログラムの珪酸カルシウム保温材を生産、販売したこと、及び、被告の販売した右保温材の千キログラム当りの平均販売価格が金九万一千三百八十七円であることは、当事者間に争いがない。

(被告の製造法は、本件特許発明の技術的範囲に属するかどうか)

二、前記当事者間に争いのない特許請求の範囲の記載に、成立に争いのない甲第一号証の二(特許公報)の「発明の詳細なる説明」欄の記載、を参酌して考察すると、本件特許発明は、「軽量保温材並耐火壁材の製造法」に関するものであり、

(1)  原料として、珪藻土、消石灰及び石綿繊維を使用すること。

(2)  右原料を水中で煮沸混合して珪酸と石灰とを反応させ、珪酸カルシウムの第一次反応物を造ること。

(3)  右反応物を濾過脱水して成型すること。

(4)  成型物を加圧水蒸気中で加熱硬化反応させて珪酸カルシウムの第二次反応物を造つた後、乾燥して、製品とすること、をその必須の要件としているものとみることができる。

しかして、前掲当事者間に争いのない別紙第一目録記載の被告の製造法(以下、被告の製造法という。)が、(1) 原料として、珪藻土、生石灰及び白土を使用すること。(2) 右原料を第一次反応釜に入れ、同釜内に直接生蒸気を導入し、釜内の圧力を一平方センチメートル当り三から七キログラムに保ち、摂氏百四十三度から百六十九度の温度で二時間から三時間連続攪拌し、珪酸原料とアルカリ原料とを第一次的に反応させたうえ、石綿繊維を混入して、約五分間攪拌すること。(3) 右反応物をそのまま、すなわち、濾過脱水することなく、プレス成型機に入れて加圧成形し、(4) この成形物を第二次反応釜に装入し、釜内の圧力を一平方センチメートル当り六から十キログラムに保ち、摂氏百六十度から百八十三度の温度で六時間から八時間置いて、第二次的に反応させ、これを乾燥して製品とすることを特徴とするものであり、右(1)から(4)が、本件特許発明における前示(1)から(4)の要件に対応するものであることは、前掲本件特許発明の特許請求の範囲の記載と被告の製造法とを対比することにより、おのずから明らかである。

前掲本件特許にかかる製造法と被告のそれとを比較するに、両者は、原料として珪藻土、石灰分及び石綿繊維を使用し、珪藻土と石灰分とを加熱反応させた後成形し、蒸気加熱して硬化させ、石綿繊維の入つた珪酸カルシウム保温材を製造している点では同一であるが、次の諸点において相違する。すなわち、(1) 被告の製造法が、原料として石灰分として生石灰を使用するほか、さらに白土を使用していること、(2) 本件特許発明の製造法における珪藻土と石灰分との反応条件が水中での煮沸混合であるに対し、被告の製造法においては、蒸気導入によるる一平方センチメートル当り三から七キログラムでの摂氏百四十三度から百六十九度の加温処理であること、(3) 本件特許発明の製造法が、珪藻土と石灰分との反応の際に、石綿繊維を存在させているに対し、被告の製造法においては、珪藻土、白土及び石灰分との反応の後に石綿繊維を添加していること及び (4)被告の製造法においては、濾過脱水工程を成型前に行なう必要のないことにおいて、相違するものということができる。

よつて、右(1)から(4)の相違点につき、本件特許請求の範囲の記載、(証拠―省略)を参酌して審究すると、被告の製造法は、本件特許発明の技術的範囲に属するものといわざるをえない。これを詳説すると、次のとおりである。すなわち、

(一) 原料の点について。

珪酸原料として、被告の製造法は珪藻土のほかに白土を使用するものであるが、白土と珪藻土とは、いずれも化学的分析による成分組成において珪酸を主成分とする物質であり、珪酸原料として珪藻土だけを使用する場合と、珪藻土に白土を加えて使用する場合とでは、反応工程においても、また、製品としても、特段の差異があるものということはできない。

被告は珪藻土が多孔性物質であり、これと石灰とを反応させることにより、さらに空隙率の多い物質とすることができるとともに、未反応のまま残存する珪藻土の断熱性能を利用する点に、本件特許発明の主眼点があり、珪酸カルシウムの生成よりは、珪藻土そのものの有効な利用に重点があるに対し、白土は、珪藻土とは鉱物的に生成過程を異にし、これに化学的操作を施して、始めて保温材としての効用を持ちうるものであり、製品としても、珪酸カルシウムの含有率が多くしかも、色彩及びコストの点においても勝れたものが得られる旨主張するが、本件特許発明の製造法は、珪酸原料としての珪藻土とアルカリ原料としての石灰分とを第一次的に反応させることをその要旨の一つとしているものとみることができ、珪藻土の物理的性質そのものを直接利用しているものということはできない。しかも、本件において、珪酸原料として、珪藻土の使用に代えて白土のみを使用している場合は格別、珪藻土とともに白土を使用したことにより、その反応機構等に特段の差異のあることを認めるに足る資料はないのであるから、被告の右見解には賛同することができない。

なお、アルカリ原料として、本件特許発明の製造法においては、消石灰を使用するに対し、被告の製造法においては、生石灰を使用するものであるが、生石灰は、水中で処理する場合には性質上、発熱して消石灰に変化するものであるから、アルカリ原料として両者に差異あるものということはできない。被告は、消石灰と生石灰とは、取扱い等に差異がある旨主張するが、理由のないことは多言を要しないところである。

(二)  第一次反応における加熱温度について。

本件特許発明の製造法の第一次反応における加熱温度につき考察するに、本件特許の明細書中、「発明の詳細なる説明」によれば、その具体的温度として、「原料に水を加えて摂氏百度に加温する」旨の一実施例が記載されているが、特許請求の範囲の記載では、この工程は、単に煮沸という字句で表現せられているにすぎず、一般に、煮沸とは、加熱による現象を意味するものであることを合わせ考えれば、本件特許発明における煮沸が、常圧下における水の沸騰に限定する趣旨のものとは解することができない。しかも、第一次反応機構からみても、加えられる熱により珪酸カルシウムへの変成が一層促進されるものであることは、化学反応理論上明々白白のことであり、加圧加熱のもとに第一次反応が行なわれる被告の製造法が、本件特許発明の製造法と別異のものということはできず、これに反する被告の見解は、採用し難い。

(三)  石綿繊維の添加の時期について。

石綿繊維は、もともと、珪酸カルシウム反応に関与するものではなく、第一次反応としては、珪藻土と石灰とを水中で加熱反応させて嵩高の反応物を得ることにあり、石綿繊維は、珪酸カルシウム結晶間の連結の役を果たすものとして、製品の強度を増加させる目的で混入されるにすぎない。したがつて、石綿繊維は、成形前の第一次反応物中に分散されていれば足るものというべきである。被告の製造法においても、石綿繊維は、その混入の時期からみて、成形前の第一次反応物中に混入されるものであることは明らかであり、この目的を出でるものでないことはいうまでもなく、この点における両者の製造法に技術的に差異あるものとみることはできない。

被告は、石綿繊維が当初から原料として混入される本件特許発明の製造法においては、石綿繊維が損傷されるに反し、被告の製造法においては、石綿繊維を損傷することがないから、製品の強度を一層増加させることができる旨主張するが、この事実を認めるに足る資料はなく、右主張は採用することができない。

(四)  濾過脱水し後成形するとの点について。

被告の製造法において、濾過脱水工程を成形前に行なう必要のないことは、当事者間に争いのないところであるが、右製造法における「濾過脱水することなくプレス成形機に入れて加圧成形する」とは、その製造法自体に設計技術上、特に、脱水の工程を設けていないというにすぎず、技術的には、加圧成形することにより、濾過脱水工程を必然的に伴うことは明らかであり、被告の製造法が、この点において、本件特許発明の製造法と技術的に差異あるものということはできない。

被告は、本件特許発明の製造法における成形法は、第一次反応物を型に注入して成形するものに限定されるものである旨主張し、明細書中、「発明の詳細なる説明」欄には、右主張に副う記載があるが、一方、同じ欄には、軽量保温材の製造法には、「従来から鋳型に注入して装造する方法とプレスによる方法が行われていた。」旨の記載があり、特許請求の範囲の記載からも、本件特許発明の製造法を被告主張の注入法に限定して解釈すべき根拠はないから、被告の右主張も採用の限りでない。

以上の点に関し、鑑定人(省略)は、特許発明の技術的範囲は、その特許請求の範囲の記載どおりに解釈すべきであるとの前提のもとに、石綿繊維の添加時期の変更により、技術的効果に殆んど差異がないからといつて、また、「濾過脱水し後成形し」なる条件が、単に通常の操作順序を記載したに止まるからといつて、これらの条件を任意条件であるとすることはできず、被告の製造法は、本件特許発明の技術的範囲に属しないものであるとするが、前示理由により、右見解には、にわかに賛同し難く、他に前記判断を覆すに足る資料はない。

(差止請求について)

三、被告が、業として、別紙第一目録記載の方法により珪酸カルシウム保温材を生産し、右方法により生産した保温材(商品名ダイヤライトシリカ)を譲渡していること、及び被告が原告主張の工場に右製品の生産の用に供した別紙第二目録記載の反応罐を所有、占有していることは、当事者間に争いがなく、被告の製造法の本件特許発明の技術的範囲に属することは、前説示のとおりであるから、被告の生産又は生産した製品の譲渡は、本件特許権を侵害するものというべきである。

したがつて、主文第一項から第三項掲記の被告の侵害行為の停止及び侵害の行為により生じた製品の廃棄並びに侵害の行為に供した設備の除却を求める原告の請求は、理由があるものといわなければならない。

(不法行為に基く損害賠償請求について)

四、被告が、昭和三六年一月一日から昭和三七年一月末日までの間に、別紙第一目録記載の方法を用いて八十九万三千二百三十四キログラムの保温材を生産、販売したことは、当事者間に争いがなく、被告の右行為が、本件特許権を侵害したものであることは、前説示のとおりであるから、被告は、その侵害の行為について過失があつたものと推定されるところ、この推定を覆すに足る証拠はない。

原告は、その生産販売する珪酸カルシウム保温材の千キログラム当りの平均販売価額は、金十二万五千円であるところ、その純利益額は、販売価額の十二パーセントに当たる金一万五千円であり、被告の侵害行為がなかつたならば、被告が生産、販売した前記保温材の数量八十九万三千二百三十四キログラムに右利益の額を乗じて得た額が、原告の受けた損害の額である旨主張するが、被告の侵害行為がなかつたならば、原告において、被告が生産、販売したと同じ数量の保温材を、原告主張の販売価額及び利益の額をもつて生産、販売しえたことを認めるに足る証拠はない。

次に、原告は、被告がその侵害行為により受けた利益の額を原告が受けた損害の額として請求するので、審案するに、(証拠―省略)を総合すると、原告の本件特許発明にかかる保温材の千キログラム当りの販売原価及び販売価額がそれぞれ金十一万円及び金十二万五千円であり、千キログラム当りの純利益の額が右販売価額の十二パーセントに相当する金一万五千円であること、及び、被告の製造法においては、原告の装造法と比較して、原料及び製造原価の点において、安価であることが認められ、他に特段の事実の認められない本件においては、被告は、その生産、販売にかかる保温材につき、千キログラム当り、少なくとも十二パーセントの利益を挙げたものと認むべく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

しかして、被告の製品の千キログラム当りの平均販売価額が金九万一千三百八十七円であることは、当事者間に争いがないから、被告は、その侵害行為により、少なくとも、金九百七十九万五千五百九十七円六銭の利益を挙げたものということができる。しかして、被告の受けた利益の額は、特許権者である原告の受けた損害の額と推定されるところ、右推定を覆すに足る証拠はない。

したがつて、被告は、前記損害金の賠償義務あるものということができるから、原告の請求は、金一千三百三十九万八千五百十円の内金九百七十九万五千五百九十七円六銭及びこれに対する不法行為の後である昭和三十七年二月六日から支払いずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において、理由があるものといわなければならない。

(むすび)

五、以上説示のとおりであるから、原告の請求は、主文第一項から第四項掲記の限度で理由ありとしてこれを認容し、その余の請求は、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十五条本文、第九十二条本文を適用し、仮執行の宣言については主文第四項に限り、これを附する(その余は、本件事案の性質上、これを附さないのを相当と認める。)こととし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 武 居 二 郎

裁判官 白 川 芳 澄

第一目録

一 製造原料 珪藻土、白土、生石灰及び石綿繊維

二 製造手段

(一) 珪酸及びアルカリ原料調製工程

(1) 珪藻土

天然珪藻土をそのまま水中に分散して懸濁液とし、珪藻土の濃度を重量比で十三ないし十五パーセントとする。

(2) 白土

天然白土を粉砕機で微粉末とした後、これを水中に分散して懸濁液とし、白土の濃度を重量比で十三ないし十五パーセントとする。

(3) 生石灰

生石灰を水中に投入して石灰乳とし、その濃度(酸化カルシウムとして)を重量比で十三ないし十五パーセントとする。

(二) 原料混合工程

珪酸原料の珪藻土及び白土は、前記調製による同濃度のものを用い、その使用割合は、重量比で、珪藻土八十ないし六十パーセントに対し、白土は、二十ないし四十パーセントとして、前記同濃度の石灰乳を加え、酸原料中の珪酸分と酸化カルシウムのモル比がおおよそ一対〇七となるように、この三者を第一反応釜に導入した後密閉する。

(三) 第一次反応工程

第一反応釜内に直接生蒸気を導入して釜内の圧力を一平方センチメートル当り三ないし七キログラムに保ち、したがつて、摂氏百四十三度ないし百六十九度の温度で二ないし三時間連続攪拌して、珪酸原料とアルカリ原料とを第一次的に反応させる。

(四) 石綿添加工程

第一次反応後、生成物を一旦貯蔵槽に入れ、次いで、石綿混合器に輸送して混合器内でこれに重量比にして三ないし四パーセントの石綿繊維(アモサイト)を混入して、約五分間攪拌し、

(五) 成型工程

この混合体を、そのまま(濾過脱水することなく)プレス成型機に入れて加圧成型し、

(六) 第二次反応工程

この成型物を第二次反応釜に装入密閉し、これに生蒸気を導入し、釜内の圧力を一平方センチメートルあたり六ないし十キログラムに保ち、したがつて、摂氏百六十四度ないし百八十三度の温度で六ないし八時間置いて、第二次的に反応させる。

三 目的物 珪酸カルシウム保温材

第二次反応の生成物を乾燥して製品とする。       以上

第二目録

第三目録

特許庁特許公報特許出願公告昭三〇―四〇四〇

公告 昭三〇・六・一四

出願 昭二七・六・一〇

特願 昭二七―九〇二一

発 明 者    中 村 孝 三

藤沢市片瀬町西の原二二〇〇

香川県三豊郡詫間町香田三十番地被告詫間工場の珪酸カルシウム保温材製造用第一反応室内に設置されている図面記載の前記鋼鉄製反応罐一基

高さ  二・三六メートル

直径  一・八〇メートル

容量 六立方メートル

出 願 人 朝日石綿工業株式会社

東京都中央区銀座七の三

代理人弁護士    斎 藤 秀 守

軽量保温材並耐火壁材の製造法

発明の詳細なる説明

従来軽量保温材及耐火材の製造法の主なものは珪藻土カルシウム及繊維質石綿類を単に常温水で混合したものを鋳型に注入しこれを加熱硬化乾燥させる方法と八〇%以上の可溶性珪酸分を含む高珪酸珪藻土にカルシウムを加えて乾式混合しこれを加圧成型したものを離型しその後加熱硬化乾燥させる方法にして両者共混合時に珪酸カルシウムの反応を行なわないで後の加熱時に硬化反応させている。後者の乾式方法では乾燥状態で加圧成型してこれを加熱硬化させるから可溶性珪酸分を八〇%以上含む高珪酸珪藻土で且つ見掛比重の小さい珪藻土を使用しなければ離型時の操作が不可能である。

この発明は珪藻土と消石灰及石綿繊維を水中で煮沸混合しこれを濾過脱水して後成型更にこれを蒸気中で加熱硬化反応させその後乾燥する事を特徴とする軽量保温材並耐火壁材の製造法である。

従つてこの発明は加温反応させた混合物を型に注入しこれを其の儘高圧蒸気中で反応硬化させるために途中の破損が全くなく又反応硬化時に起る膨脹を利用するから珪藻土は比重の如何に拘らず強度の大きいしかも軽量の保温材を経済的に製造する事ができる、尚この発明は成形する際ポートランドセメント及石綿繊維から出来ている所謂石綿スレートの片面又は両面に接着する様にして成形すれば強度の大きい耐火壁材を一貫製造する事が出来る。

この発明の実施の一例を示せば次の如くである。

珪藻土 七五%

消石灰 二〇%

石綿繊維 五%

これにその一〇倍の水を加えて摂氏一〇〇度に加温しながら約一時間位混合しこれを適当な型に注入し更にこれらを毎平方糎三キログラムの蒸気中で三時間以上加熱しその後乾燥させる、これによつてできた製品の性能は見掛比重〇・三五以下屈曲強度八・七以上となる。但し原料として使用した珪藻土は大分産白色珪藻土で比重が〇・三六可溶性珪酸分が七五%以下のものである。なお製品の熱伝導率は平均温度摂氏一〇〇度の測定で〇・〇六九以下である。

特許請求の範囲

珪藻土と消石灰及び石綿繊維を水中で煮沸混合しこれを濾過脱水し後成形し更にこれを蒸気中で加熱硬化反応させその後乾燥する事を特徴とする軽量保温材並耐火壁材の製造法。

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